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	<title>作品群 - ついおくの　おか</title>
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		<title>炎天下滝水覇道往行伝（正式体裁版）</title>

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【碑文】
えー諸事情により全ての作…</description>
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			<![CDATA[ <body style="direction:rtl"> <div style="writing-mode:tb-rl; direction:ltr; line-height:150%; margin: 50px 2px 2px 20px; height: 80%; font-family: 'ＭＳ 明朝'">

【碑文】
えー諸事情により全ての作品を撤回した夏リブロでしたがこいつくらいは変死体として人の目につき小さな悲鳴があがる機会があってもいいんじゃないかと思い、再びこの寺院にお世話になりにきました。というか利用者私だけですね。ほかの部員どうした。難産が基本のこの世界(小説界隈)でおろす子どもがいないのか。セックスレスか。――発言が過ぎて寝首を掻かれそうなのでこれにてお暇します。


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		<dc:date>2017-07-18T07:16:30+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<title>炎天下滝水覇道往行伝</title>

		<description>１．

大学一の脳筋バカとして名を馳せ…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ １．

大学一の脳筋バカとして名を馳せている炎舞マジメが奇天烈にして阿呆なとある提案を受けたのは梅雨も明けきった七月冒頭のことである。その日も変わらず炎舞は炎のように赤く染まった髪（本人曰く地毛）を、天をつくかのようにワックスで固め上げていた。こんもりと盛り上がったその髪型が「炎上名古屋城」という名古屋嬢の髪型も暗喩したウィットに富んだ渾名で呼ばれていることを本人はまだ知らない。
「で、その『レポートダッシュ』を復活させる手伝いをすればいいんだよな？　清水」
炎舞がそう言って話しかける相手は清水流暢。カマキリのように細い体に逆三角形の小さな顔。二本指で折れそうな細いフレームのメガネの内側から覗く双眸は鋭く尖っており、口角の上がりが余裕な雰囲気を醸し出している。
「そうだねマジメくん。廃れてしまった『レポートダッシュ』をこの前期期末レポート統一提出日に復活させる。それ即ちキミが文化復興をすること。キミが〈ルネサンス〉をするんだ、マジメくんっ！」
「ルネサンスは聞いたことあるけど何のことかわっかんねえや。まあとにかくそれやったら俺も大学で有名人になれるんだな？」
「そうだね。法学部で成績上位五名しか獲得できない超上位返済不要奨学金特待生の枠を取っているボクのサポートがあれば必ず成功し、キミの名が学園中に轟くことは間違いないよ」
「おう！　任せとけ！」
ガシッと交わした握手は嵐山の向こうに沈みつつある太陽よりも熱がこもっていた。


翌晩、清水が作ってくれたレポートダッシュについてまとめられたノートを炎舞は読んでいた。以下ノート内容。


滅命館大学レポートダッシュの起源は、わだつみ像が破壊された一九六九年まで続いた大学紛争の最中に生まれたといわれている。当時滅命館大学全共闘のリーダーだった三条五浪丸は大学を非難しながらも、単位への不安から逃れきれることができず眠れない夜が続いていた。しかしそこで五浪丸は気づく。期末テストは皆でストライキをすると決めているので単位を諦めるほかないが、レポート課題ならば仲間の目を盗んで提出し単位を貰えるのではないのか。覚悟を決めた五浪丸は雪のちらつく後期レポート統一提出日、火炎瓶が飛び交い窓ガラスが砕け散る大規模なデモの中、共闘の仲間が目を離した一瞬の隙に五浪丸は教授棟へ駆け込みおよそ十人の教授にレポート課題を出して回ったそうだ。その時間僅か五分十秒。仲間もトイレに行っていたと言われ疑わなかったその神業的速さが全共闘の鎮静化ののちに次第に教授たちの口から明らかにされ、滅命館大学の学生たちは、結局単位が足りず中退した今は無きその先輩に憧憬を絶やさなかった。そして次第にレポートを締め切りギリギリにダッシュして提出するという時代に寄り添った伝統が生まれた。レポートダッシュと呼ばれるようになったそのパフォーマンスにも近しい行為はやがて全国に知れ渡るようになり、真似ぶ他の大学生も現れ始めた。レポートの提出場所が体育館に統合されるとレポートダッシュ観戦がしやすくなったとして隆盛をより極め、さらに時が経ち、レポート提出者が時代の首相や有名人、マスコットキャラクターに仮装したり、将棋サークルの面々が荷台の上で対局しながら提出しに向かったりとエンタメ性を一層帯びてきた。しかし七年前、文学部の教授全員に仮装した集団が教務課から停学を言い渡された時から事態は変わる。レポート提出場所は体育館から変更され各学部棟の事務室になった。それが四年も続けばレポートダッシュの光景を直接見た生徒は院生・留年生を除いて卒業し、伝統は放っておいても衰退していった。そして二年前から提出場所を体育館に戻しても、体育館まで伸びる一本の道を駆ける者はいなくなり道脇に草が生えるほどに人足は止んだ。これが今に至るレポートダッシュの歴史である。


炎舞は最初の五行目に辿り着く前に退屈に飲み込まれ寝ていた。


２．

「おはようマジメくん。一週間ぶりだね。ボクが大学資料館に行ってまで書いたノートは読んでくれたかい？」
「ふああぁあ。ん、オッス清水。レポートダッシュの歴史のあれか？　読んだぜ。わだつみ像が仮装して教授の部屋に駆け込んで全共闘が起きたんだろ？」
「…………ボクのまとめ方が悪かったようだね。改善するよ」
しかしこれでも炎舞はあれから眠りかぶりながらも一応は最後まで読んだのだ。内容を全く理解できていないが、その努力だけは読者諸君も認めてあげて欲しい。
非を肩代わりした清水はメガネを整え直すと一枚のＡ４の紙を取り出し炎舞に渡した。
「キミがレポートダッシュの歴史を理解したという体で話を進めたとして、これが第二フェーズだ」
「フェーズってなんだ」
「計画の第二段階だ」
炎舞の無知に足を引っ張られながらも清水は負けずに根気強く続ける。
「ここにレポート提出日の大まかな流れ、レポートダッシュの道順、その他細かなことを記載しておいた。これを参考に行動してほしい」
「おう。サンキューな」
「お安い御用だね」
「しかし清水。どうして俺なんかに頼んでまでレポートダッシュを復活させたいんだ？」
「……まあ、そうだね。うん…………あ。そ、そうっ！　キミに見てもらいたいんだ」
「何をだ？」
「レポートダッシュのときの景色だよ！　響く歓声。鳴り止まない拍手。羨望の眼差し。その全部をみんなに体感してもらいたい。そしてその第一人者にキミを選んだ！」
普段クールで有名な清水が唾を飛ばしながら熱く語る。炎舞はその唾と清水の熱量に気を取られ、清水の焦った表情まで気が回らなかった。というか、単純な炎舞は清水の言葉を咀嚼もせず丸ごと飲み込んでいた。
「そうだったのか！　お前いい奴だな！」
「そんな。褒められるほどのことはないよ」
「いやー普通自分のことを優先するって！　お前からもらったこのチャンス、絶対モノにしてみせるからな」
「ああ。期待している。見たことのない景色、見てきてよ」そう言って固い握手を交わす二人。この二人にはもはや言葉など要らなかった。そういう雰囲気だけは出ていた。


「いやー意外と難しいな裁縫も」
そう呟くのはレポートダッシュを翌日に控えた炎舞マジメ。夜が更け、最近構っていないバイク仲間たちによる西大路夜の爆音ライドの音が聞こえなくなった今でもまだ起きてレポートダッシュに向けて準備をしていた。暗く狭い下宿の部屋、中古屋で買った小さく古びたランプを灯し畳の上で作業に勤しむ姿は昭和の一幕のようにさえ見える。
「しかし充実しているなあ。これが噂の『りあじゅう』ってやつか」
外見からすれば炎舞もリア充パリピウェイソイヤとして名が通っているのだが、如何せん本人の耳までその噂が届いたことはない。
話を戻して。炎舞はあれから清水とレポートダッシュに関するリマインドを重ね、コンセンサスを取ってきた。なおこの物言いはし清水のものである。就活を控えた彼にはこの有り余る語彙とヴィジョンがエミットしていた。
とにかく炎舞は清水から

①提出するためのレポートを用意すること
②皆が目を引きつけ、次回から参加したくなるような魅力に溢れた仮装衣装を用意すること


この二つを要求されていた。
もう衣装は小物を服に取り付ける作業を残すのみであった。意外と手先の器用な炎舞が将来服飾関係の仕事に就くのはまた捌のお話である。
「よしっともう少し！　……あれ」レースを繕った所で炎舞の手が止まる。
「……これって…………まさか」
電灯の明かりがもうすぐ消えるロウソクのようにチカついた。


３．

レポート統一提出日当日。体育館へ続く明友館と国彩館の間の道、その両端にはたくさんの人がごった返していた。別にレポート提出者というわけではない。これは、「レポート提出で誰かがなんかヤバいことするらしいぞ！」といったような噂を拡散させた清水の根回しの賜物である。
ネット上や口コミを通じて集まった祭り好きの野次馬もとい観衆は「何が起こるんだ」「爆発」「洒落じゃないからやめとけ」「楽しみー」「ｓｎｏｗ撮ろっ」「いいよっ」「てかお前今テストの時間じゃね？」「やべえしくった！」などと差異あれど徐々にその熱気を膨らましていた。
所変わって清人館。体育館へ続く一本道の延長上にある、主に文学部生が住処とする会館である。
その一階の男子トイレの個室に二人の男がむわっとした暑さに身をやつしながら準備していた。諸君御存じ炎舞と清水である。二人は最後の打ち合わせをしていた。いかがわしいことは全くない。
「道筋や走る速度は大丈夫だね？　スマホで録画されるだろうから、大体十五秒くらいで録られるのがベストだ」
「……おう」
「衣装を見せつけることも重要だが、一番大切なのはレポートをギリギリに提出しているんだという臨場感を引き出すこと。できればレポートを片手で掲げ上げて走るのが望ましいね」
「……おう」
「元気がないねマジメくん。大丈夫かい。もしやキミのことだから朝から鈴屋のキングサイズ牛丼スペシャルを食べてきたのかい」
「ちげーよ」
無駄にニヒルに笑いながら炎舞は答えた。
「なあ清水。お前隠していることあるだろ」
「な、なんだって」
「隠さなくてもいいぜ。俺ぁわかっちまったからな。このレポートダッシュの秘密。そしてお前の野望がな！」
ビシィ！　と狭い個室で炎舞が指を突きつけたせいで清水は四隅へ追いやられる。
「や、野望？　い、一体何のことだいマジメくん」
「とぼけたくなるのも当然だよなあ。だってレポートダッシュが復活すれば、みんな単位を落とすもんな」
「‼」
「ふっ、予想通りか」
冷や汗が止まらない清水と相反して炎舞はクールだった。
「レポートダッシュ、これの醍醐味は何と言っても仮装だ。ふざけた格好でみんなを笑わせる。レポート提出がギリギリというのも観衆の優越感を突いて実にいい」
いつもの炎舞はどこへいったと言わんばかりである。
「しかーしっ！　衣装！　そこに穴があった！　つまりはお前の野望だあ！」
ビシィ！　と左手の人差し指も清水に向け突きつける炎舞。傍から見るとゲッツ！　だった。
「衣装作りの構想、資材集め、裁縫。これが意外とめちゃめちゃ時間がかかる！　時間がかかるとどうなるか知っているか」
たっぷり時間をとったあと、炎舞は叫んだ。
「そう！　レポートを書く時間が無くなる！　それこそ清水、お前の真の目的なんだ！　今日の俺の姿を見てレポートダッシュしてみようかなと思った連中が単位を落とすのを望んでいるんだろっ！」
ビシィ！　と突き出す手がもうないので炎舞はワックスで固めた山盛りの頭で清水を指（頭）差す。数本の毛が清水の口の中に入ったが清水はそれどころではなかった。
「……くっ、確かにその通りだよ」
清水がポツリと言った。
「認めるんだな？」
「ああ、そうさ。ボクはボク以外の生徒に単位を取って欲しくないんだ。超上位返済不要奨学金特待生になれるのは一握り。だから。だから…………」
清水は俯く。全てを見破った炎舞によって脳天に一撃喰らうことを覚悟した。
しかし、清水の頭に降り注いだのは、優しく撫でる炎舞の手のひらだった。
「…………マジメくん……？」
「なあに清水。俺はなあ、別にお前が何を企もうが人を貶めようがどうだっていいんだ。俺に面白そうなことを教えてくれた。期待してくれた。それだけで俺は楽しいしこれから楽しんでくるぜ。お前の今の浮かない顔が晴れ渡るくらいに。いや、俺のレポートダッシュを観た奴らがみんな喜ばせるくらいにな！」
快活に笑うと炎舞は着ていたクソダサいＴシャツを脱ぎ、衣装に手を伸ばした。


「あっ！　来たぞ！」
誰かが声を上げる。騒いでいた観衆一同が振り向くと、清人館の出入り口、炎天下の陽炎の向こうに、人影が立っていた。揺らめく姿はやがて近づき、そして徐々に駆け足になり、やがて風を切り走り始めた。

ふわりと舞うは純白のウェディング。
カンカンを紐付け腰に巻き付け。
右手に花束左手にレポートの様は自由の女神。
上半身は全くぶれることなく足だけはドカドカと大地を踏み蹴り。
花束はプリントアウトした参考資料の紙束で。
トゲトゲの赤髪は何本かマリアヴェールを突き破り。
はみ出した口紅は河原町ｏｐａで買ったものである。
化粧は構内のオシロイバナの種を無断採取して繕った。
流れるドレスの軌跡は鴨川のように滑らかで。
鼻腔をくすぐる香水はシーブリーズのピーチの香り。

その全貌が明らかになったとき、観衆の歓声が夏空に木霊した。フラッシュの滝。炎舞の汗が飛沫となって宙に煌めく。輝く観衆の笑顔。笑いすぎて転げ回る者も現れ、弩歓声は夏の空気を響き揺らす。
今この瞬間、間違いなく炎舞マジメは、世界で一番、人々の心を輝かせていた。


「キミはすごいなあ」
明友館校舎の陰から見つめるのは清水だった。誰に聞こえるでもなく清水は呟く。
「キミの言う通り、ボクは他の人に単位を取って欲しくなかったからこんなことをキミに提案したんだ。ボクはね、実はめちゃくちゃ頭が悪いんだ。頭が悪すぎてカンニングと答案用紙のすり替えの技術だけが上がってここまできたんだ。実は掛け算と割り算でさえ危ういんだ。今までは何とかやって来れたけど、確証が欲しかったんだ。超上位返済不要奨学金特待生で居続けるための確証を。権利を。でも」
メガネを取り外し、眼尻を軽く拭う清水。
「でもキミは全てを越えてきた……。マジメくん、キミは今、最高の景色の中にいるんだね。キミが、走者で、そして勝者だ……っ」


汗だくのまま体育館内を突っ走り風のように駆け抜け受付のおばちゃんの奇異と驚愕の表情に拘わらず炎舞は、汗に濡れ握りしめてシワクチャになったレポートをビシィ！　と差し出して叫んだ。
「未完成ですけど単位くださいっ！」



完。

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		<dc:date>2017-07-08T19:37:26+09:00</dc:date>
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		<title>流浪の柘榴</title>

		<description>右手に、愛の鞭を
左手には花束を


…</description>
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			<![CDATA[ 右手に、愛の鞭を
左手には花束を






 ]]>
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		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2017-02-17T11:54:28+09:00</dc:date>
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		<title>響くは終焉 轟くは無　後編（3～5）</title>

		<description> 

　　戻る

３


「では！　椎葉…</description>
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			<![CDATA[ <body style="direction:rtl"> <div style="writing-mode:tb-rl; direction:ltr; line-height:150%; margin: 50px 2px 2px 20px; height: 80%; font-family: 'ＭＳ 明朝'">

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３


「では！　椎葉の外出許可がでた記念日に！　あと全快を願って！　かんぱあああい！」
「「「かんぱーい！」」」
　ビールジョッキや酎ハイグラスがぶつかり合う。居酒屋特有の濃黄色の照明にアルコールの液体が反射する。
「いやあ！　事故ったって聞いたときは信じられなかったけど、まじで入院してたからな！　しかもかなりの重傷！　辛かっただろう！」
　下戸なのに大ジョッキビールを半分一気飲みした今回の幹事が、さっそく顔を真っ赤にしながら大声で敏明の隣に座り込んでくる。
「ま、まあ大変だったよ」
　勢いに押されながら返事をする。
「そうそう！　まあそれでも二か月してようやっと外出許可もらえるくらいには回復したんだな！」
「良かった良かった！　めでたいめでたい！」
「あ、ありがとう」
「てか二か月って長くね？　や、足掛け三か月か」
「な、なんか脳検査とか神経検査が長引いちゃってさ。あと、リハビリとかも」
「まじか！　もしか、診察とかで金余分に取られた感じ？」
「いや下りるだろ保険」
「い、一応ね」
　次々と参加者が机に身を乗り出し敏明にぐぐいと詰め寄って騒ぐ。
　一緒に飲むくらいには気心の知れた大学の連中が、敏明のために宴会を開いてくれた。時は十二月。敏明のリハビリも終わり、元の生活に戻れるところまで回復したのを見計らっての開催であった。軽い飲み仲間程度に思っていた敏明は、宴会招待のメールが来た時から何か救われたような気がしていた。
　自分の怪我もさながら、柚木への罪悪感を背負い続け、心が疲弊しきっていた。その敏明にとって、この宴会は正直ありがたいものであった。
「そーそー、そーいえば佐倉ちゃん？　手の話は聞いたよー。気の毒だったねー」
　宴会が始まって一時間ほど経ったあと、診察代について聞いてきた男が顔を提灯のように赤らめて敏明に絡んでくる。
「おいっ、その話は」
　近くにいた他の男がそれを制止しようとする。
「ああ、構わないよ」
　敏明の一声にその個室だけ静寂が訪れる。他の客たちの喧騒が遠い。敏明は飲み終わっていなかった一杯目のぬるいビールをごくりと一口飲んだ。放置されていたビールの味は不味く苦かった。
「……その話はタブーじゃないのか？」
　開始早々に寝始めていた幹事の男がいつの間に起きたのか、敏明に伺い立てる。顔は十分すぎるほど赤かったが、目は真面目だった。
「うん。大丈夫だよ。柚木も最初は辛かったみたいだけど、今はもうだいぶ受け入れ始めているみたい。僕は、寄り添うことしか出来ないけど、でも寄り添うことが出来るのは僕しかいないと思ってる。だから、大丈夫。大丈夫にしてみせる」
　時が完全に止まって数秒、どっとみんなが歓声を上げて敏明に抱きつく。
「トッシーおまえええ！　いい奴過ぎんだろうがよおオイ！」
「見直したぜ敏明！　お前が彼女を幸せにしてやれ！」
「椎葉っ！　俺は、俺は今っ、猛烈に感動しているっ！」
「店員さああん！　このページのメニュー全部！　この男前のために！」
「おいお前ら飲むぞ！　新たな門出のはなむけだ！」
「お前それちょっと違くね？　でもまあいいや祝おう！　敏明万歳っ！」
　酒気帯びた男たち数人に押しつぶされ、髪もしわくちゃに触られ、店員に少し疎ましそうに見られたが、この友人たちが心の底から敏明を応援してくれていることに敏明は思わず涙腺が緩みかけた。実際さっきの発言において、柚木の気持ちはまだ一片たりとも分からないままでいた。彼女が全てを受け入れたのか分からないままでいた。それでも、今この瞬間敏明がとてつもなく幸せであることは、彼の笑顔の上に走る一筋の涙の軌跡だけが証明していた。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


　十二月の夜風が敏明の羽織ったパーカーを時折靡かせる。宴会の帰り道。時刻は八時を回ろうかというところ。宴は敏明の大事をとって早めなお開きとなった。病院から十分歩いて行ける距離の居酒屋という配慮もあり、敏明は大きな公園をゆったりと通り抜け、闇空の中該当に照らされている紅葉を見ながらあの病室へ帰っていた。
　温暖な気候といわれるこの地方でも、十一月の頭ともなると夜の寒さは身に染みる。体の火照りを夜に溶かしながら敏明は幸福感でいっぱいだった。柚木ほどではないにしろ重傷を負った自分を支えてくれる仲間。集まって鼓舞してくれる奴ら。自分の不幸を呪ったこともあったが、今なら自分に降りかかるどんな災難も乗り越えられそうだと彼は思った。
　夜、ひときわ明るく照らされた病院の正面玄関に辿り着いた。敏明は受付で外出許可証を返却する。目的の階までぎゅんと天に上るかのように思えたエレベーターで到着し、明るく輝いた白電灯の廊下を心なしか足取り軽く進む。

　しかし、幸福は灰と化す。

　二人の病室のドアを開くと、敏明の目を闇が襲い込んできた。まだ九時にもなっていない頃から、この白い部屋に灯りは無かった。ただ敏明の後ろから漏れてくる廊下の光が入口付近の空間を辛うじてか細く照らし青白い空気を敏明に吸い込ませているようであった。
「…………柚木？」
　少し目の慣れた敏明が窓の方を見る。窓は閉じられており、外から入ってくる夜の光が柚木の姿をぼんやりと写し出す。彼女は上半身を起こし、膝元に置かれた液晶パネルをつついていた。画面から溢れる透明な緑淡色の光が柚木の顔を幽鬼の如く浮き上がらせていた。
　気づけば敏明は冷たい汗を肌着に滲ませていた。
「ど、どうしたの。電気もつけないで。目悪くするよ？」
　どもりながらも敏明は魔物の巣窟を進む気持ちで部屋の中を歩く。そして柚木の手元にある照明リモコンに手を伸ばそうとする。
「待って」
　決して大きくない低調な声に敏明は固まる。動けない。
「ねえアキ」
　そういうと彼女は短い手で器用に掛布団をめくり、足をベッドから出して立ち上がると、敏明に近づいてきた。
　金縛りのように動けなかった敏明であったが、「冷えるとよくないよ」と辛うじて彼女の羽織りを彼女の肩に掛けてやる。短い手が服に隠れて見えなくなった。
「やっぱり優しいのね、アキ」
　そんなはずあるか、と敏明は思う。服を掛けてやったのも、正直まだ見慣れない柚木の欠けた腕を自分の視界に入れないようにした心理故である。
「ねえアキ」
　顔を伏せながら柚木は言う。敏明にその表情は見えない。
「アタシ、あなたのことが好きよ」
「………………ああ」
「愛してる……愛しているから…………」
　そう言うと柚木は黙って、肩を震わせ始めた。体は小刻みに揺れている。
「……柚木」
　敏明は優しく両手を回して抱いてあげようとした。泣いている彼女を救おうと。
　しかし、
「…………ふひっ」
「柚木？」
「くっふっふ…………ははははハハハハハハハ！」
　突然壊れたスピーカーのような奇声を上げ始めた柚木。あるいはそれは地獄の悪魔が耳を劈(つんざ)いてくるような絶笑だった。
「そうよ、そうよそうよそうよ。アタシはアキを愛している……っ。大好きなの！　たったこれだけのことじゃないっ、答えはこれだけだったのよっ！　ああ、馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたいバカみたいバカみたい馬鹿バカばか馬鹿バカバカバカバカ。ねえアキ。アキ君ってば。呆けてないでアタシを抱いてよ！　力強く抱いてよ！　アタシが出来ないことアタシの分までしてよ！　アタシ腕無いから手を回すことも出来ないんだよ？　ハハハ。ねえ早く！」
　泣いているように見えた柚木は笑っていた。最初からケタケタ笑っていたのである。
　狂気じみた、いや、狂気そのものと化した柚木を見て、敏明は立ち尽くすのみであった。しかし呆然とする意識の中で、彼女はもう手遅れなんだ、ということがじわじわと鮮明に認識させられていた。
　悪魔の笑い声が白い部屋で木霊する。


４


「ねえアキ、お祭りに行かない？」
　柚木がそんな提案をしてきたのは年も明けた一月のことである。その日は風もなく、やわらかい日差しが外の世界を包んでいた。敏明たちの白い部屋は、そのやわらかさをカーテンで遮っていた。届くのは光と熱のみ。
「……祭り？」
「そう。お祭り」
「…………どんどやも終わったし祭りなんてないんじゃないかな」
「それがね、あるんだよ。ほらこれ」
　そう言ってタブレットに表示された画面を見せる。
「…………瑞(ずい)鳥(ちょう)祭(さい)？」
　そのサイトはお世辞にも見栄えがいいとは言えなかった。フォントも写真の貼り方も見様見真似で作られた感が溢れていた。
「…………ここに行きたいの？」
「乗り気じゃない？」
「…………まあ」
「なんか室町時代から続いてるお祭りなんだって。場所だってこの神社だし、大規模なやつだよ。距離もそう遠くないし」
　柚木の開いた別タブに地図が表示される。地図にピン止めされたその神社は、この市内で最も大きく、そして敏明たちのいる病院からそう遠くもなかった。
「…………まあ、分かった」
「ありがとう。やったっ」
　柚木はきゅっと笑うと、すっと真顔に戻ってタブレットを弄り始めた。
　敏明は自分のベッドに柚木と反対向きに腰掛け、そっと右手で眉間を支えた。
　十二月の出来事以来、敏明は段々と、しかし着実に疲労が溜まってきていた。あの日発狂した柚木を見て、自分一人では何もできないことを痛感した。これまでの苦労が水の泡になったこともさることながら、敏明は未来への絶望感に苛まれていた。たぶん、柚木が社会復帰をする日は来ない。彼はそう思った。いや、そもそも閉鎖された二人の空間だけで生きてきた人間だ、元から社会との鎖なんてなかったんだ、などと自嘲めいた笑いを薄く浮かべるくらいに敏明は、終焉という名の海に囲まれた岬の上に立っていた。
　一方、佐倉柚木は。
　十二月の出来事以来、しとやかだった彼女は愉快になった。突然何となしに笑い出す。ナースコールを使って呼び出したナースに「朝ごはん美味しかったわ。あなたは？」と尋ねる。病院内で男子トイレに入り「あら、間違えちゃった」と照れる。以前の彼女は普段笑うことはあまり無かった。ただ、やはり傍から見ても、愉快を通り越して奇怪奇妙の領域に彼女は達していた。
　また突然柚木がカラカラ笑い出す。初期のように敏明がびくっと肩を竦めることはない。いつも、その笑いに理由がないことを敏明は知ったからである。
　カラカラケタケタ。女の笑い声が一月の陽だまりを割く。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


　瑞鳥祭は例年一月の第三週土曜日に催される。今年も例に漏れず、敏明と柚木が日暮れ時に神社に赴くと、すでに人で溢れかえっていた。
「うわあ、人多いね」
「……そうだな」
　敏明は藍色のⅤネックセーターに白いダウンジャケットを重ねた出で立ち。柚木は黒セーターに赤のカーディガンを首元でボタン止めし、さらに幾重かの色取り取りなポンチョや大判ストールを羽織って両腕を隠している。
「あ、こっちこっち」
　柚木が敏明を導く。連れて行った先には、細いしめ縄で区切られた空間があった。普段参道であろうその場所には、小学校高学年から中学生までの二十人ほどの少女たちが淡い薄紅色で袖の長い和服のような舞踊衣装を纏い、屈み腰の姿勢で待機していた。しめ縄の外側でがやがやと何かを待つ人々。その人垣の隙間から敏明がぼんやりと眺めていると、不意に篠笛の音色が響き始め、少女たちがすっと立ち上がり舞い始めた。
「瑞鳥ってね」
　厳かにそして華やかに舞う姿を見ながら柚木は隣に立つ敏明に話しかける。
「瑞兆って言葉知ってる？　なにかいいことの兆し。幸せが訪れる予感がすること。そんな意味なんだけどさ。その瑞兆の漢字が変わって、瑞鳥になったんだって。でもねこのお祭りの由来にはほんとに鳥が出てきてね……………………」
　祭りの由来の当たりから敏明は柚木の話を聞いていなかった。ただ、幸せの兆しについて思い耽っていた。自分に兆しは呈するのか、いや、今すでにこれで最大幸福な状態なのかもしれない、などと思う。途中から柚木も喋るのをやめていた。
　数分経って、舞いが終わる。少女たちが動きを止めると、しとやかに拍手が広がった。拍手の合間を縫って二人は一足先に人混みを抜ける。屋台の並ぶところまで来ると、柚木が唐突にふらふら蛇行しながら千鳥足で敏明の前を進む。その行動に意図も理由もない。ただよれよれと灰色の空を飛ぶカモメのような動きを彼女はしていた。
　ドンッ
「あ」
　柚木がすれ違った中年の男とぶつかる。敏明は「彼女が倒れる」と思った。
　彼の予想通り柚木は道路に倒れた。敏明は彼女のもとに足早に駆け寄りしゃがみ込む。そしてぶつかった相手を見て言った。
「すみませんでした」
　男は敏明たちを一瞥しただけで、特になんでもないという風に立ち去り人混みに消えた。
　大丈夫、と手のない彼女を敏明が抱え上げようとしたところで、柚木が呟く。
「……なんで、謝るかなあ」
「え……っ」
「だから、なんでアタシのこと置いといてあの人に謝るかなあって！　アタシより謝罪が大事なの？　アタシがあなたの大事な人よね⁉　ねえ！」
　柚木の絶叫に周囲がざわつく。
　敏明は驚きと落胆に打ちひしがれつつも、彼女を連れて神社を後にした。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


　神社を出る頃には柚木も叫ぶのをやめていた。しかしいつまた叫びだすか分からないと思った敏明は病院へ帰ることにした。あの白い部屋へ。
　二人は黙って歩く。
　敏明は、限界を感じていた。
　過去への同情と同調。そして事故への責任。それらが、柚木とともに歩もうと敏明に決意させた。しかし、彼は疲弊しきっていた。いくら現状を維持しても、少しでも彼女を前に進ませようとしても、変わらない。むしろ、彼女は壊れた。自分の怠惰な愛情で壊してしまった。敏明はそう考えていた。もう、ダメだと。
　彼女と別れるという選択肢も彼は考えた。しかし、離別したところで、彼女は彼の中に生き続ける。そして時折首をもたげて彼に怨嗟と呪いの言葉をかけてくることも彼は分かっていた。それほどまでに寛恕の存在もまた敏明の中で大きな巣を作って彼の心を喰らっている。また敏明の深層心理では彼女からもたらされる苦痛を贖罪として快楽に思っている自分もいた。これが、彼がどうしようもなく動けなくなった理由である。
　椎葉敏明は八方ふさがりだった。
　逃げ場はない。
　時刻は八時過ぎ。病院近くの大きな公園。以前宴会のあと通った場所。街灯が曇天の夜空を浮き上がらせる。夜の闇と厚い紫黒雲がすべてを押しつぶしてしまいそうだった、
「あ、雪」
　空を見つめる敏明が気づくのと同時に柚木もまた気づき声を出した。雪はしとしととゆっくり一斉に降ってくる。顔の前で吐息を漏らすと、一粒の雪がその場で溶け消えた。
　そのときだった。柚木が何の前触れもなく、倒れたのは。
　ふらふら歩いて躓いたわけでもなく誰かにぶつかったわけでもなく、ごく自然にそれが摂理かの如く倒れた。
「……！　柚木！」
　敏明が声を張り上げ柚木を支える。彼の腕の中の柚木は微かに顔色が青白かった。敏明は彼女を抱きかかえながら、道が閉ざされるのを感じた。崩壊の音を聞いた。
　すると柚木が微笑む。
「ねえ、アキ」
　いつもと変わらない調子で。静かに優しく。そして。
「一緒に死のう」
　敏明にとって柚木の美しさはこの世の真理で。
　だから、真理の崩壊の音色は残酷で。
　そして。
　いつしか音色は歌に変わっていて。
　それは、宙へ誘う天使の歌声で。
「……………………………………………………ああ」
　敏明は、すべてがどうでもよくなっていた。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


「準備はできた？」
「要らないでしょ。何も」
「遺書とか残さないの？」
「残しても読む相手がいない」
「……フフ、そうだね」
　海から押し寄せる荒波がそびえ立つ崖にぶつかって割れる。白波が四十メートルの高さにいる敏明たちのところまで跳ね上がる　轟々としたその音は地響きとなって二人の体に振動する。海と陸の衝突音は、皮肉にも二人に生きている実感を与えていた。
　一月末日。午後二時半を回ったところ。空は海に負けないくらい濁った青墨色である。
　二人は手持ちの金をほとんど使って、いくつもの県を越え、遠く遠く離れ、辺鄙な廃れた村に行き着いた。二人の住民とすれ違い挨拶をした程度で、敏明と柚木は蛾が灯篭に吸い寄せられるように、海沿いの峨峨たる断崖へと歩を進めた。
「……じゃあ、いきますか」
　敏明が一歩踏み出す。
「あ……待って」
　柚木が制止する。止まった敏明は彼女が死の直前に怖気づいたのかと思った。しかしそれは違った。
「こういうときって、二人手を縄で結んで逝くのよね。でもアタシはそれが出来ない。アタシたちは出来ないの。だから、抱きしめて。アタシを抱きしめて」
　そう言うと柚木は、短くなった腕をストールの中から覗かせ持ち上げた。腕から先はない。断続面は歪な丸みを帯びていた。しかしその肌は白く綺麗であった。敏明には消えた透明な指先が自分に向かって伸びるのが確かに見えた。
「…………分かったよ」
　敏明は柚木の肩に手を回し抱きつく。力いっぱいに。柚木の短い腕が敏明の脇元に触れる。柚木の髪の匂いが敏明の鼻腔を犯す。二人は、一つになっていた。
「ああ……ああ……っ　アキ……っ」
　柚木が嬌声とも断末魔とも取れる声を出す。
　敏明は耐えられず、柚木を抱きしめたまま地を蹴って宙を舞う。そしていつしか。重力に従って。荒波が渦巻く地獄の入口へと流星の如く堕ちていく。
　強い衝撃のあと、二人はすべてを壊してしまうような強い渦潮の中にいた。そこは暗黒に覆いつくされた極寒の世界だった。
　海面に叩きつけられた二人の体は全身骨折になり、敏明の喉に鉄の味が広がる。内臓もどこか破れたらしい。しかしそれでも、力がどんどん抜けていっても、敏明は柚木を離すまいと残り僅かな力で抱きしめ続けた。腕のない彼女はすがって抱きつくことが出来ない。そうした思いが敏明に最後の力を与えた。
　激痛と極寒に敏明の意識が朦朧とし始めたとき、不意に彼の唇に温かさが触れる。激しい潮流の中で敏明が辛うじて目を薄く開くと、目の先に、柚木の閉じた目があった。睫毛が吹き荒ぶ海流で強く靡くのが見えた。その距離にあって初めて敏明は、自分の唇に触れているものが彼女のそれと分かった。柚木の唇が冬の海の中で凍てつき硬直していた。そこに柔らかさは無い。しかし凍ったブドウのような感触の先に、確かなぬくもりがあった。
　柚木が笑顔を見せる。それは最近の狂気を宿った笑みではなかった。出会ってから秘密を告白しあった頃のような、慈愛と幸福に満ちた微笑みだった。彼女の瞳は水中の泡を反射させて輝いていた。暗い海の中で、彼女の微笑みだけが光って見えた。
　その瞬間、敏明は死に抗うことをやめた。心が穏やかになる。
　そしてまた、二人はどちらともなく口づけを交わした。敏明が柚木に息を吹き込む。柚木もまた敏明に息を与える。体温だけが戻る。その最後のときまで。最後が訪れるまでは二人一緒にいたかった。柚木も。敏明も。絶望していた彼もやはりまた人間であった。息絶える前に人のぬくもりを求めた。人形劇で踊る人形のように二人は縦横に蹂躙される。
　互いの体内の息を交換する。二人は溶け合う。溶け合って、暗い海へと消えていく。


５


　敏明が目を覚ましたときに目に入ってきた光景は白い天井だった。
　既視感溢れる光景に彼の頭は違和感を覚える。
　起き上がろうとすると、体中に激痛が走った。思わず寝倒れる。
「ああ起きたか。無理に起き上がるものじゃないよ」
　ふと敏明の横から声がした。敏明は目だけ横を向く。
「萩先生……」
　三十代後半にしては若々しく精悍な顔つき。うっすら伸びる無精髭。白衣の前ボタンを閉じずに着こなす萩医師が、敏明のベッド傍の丸椅子に足を交差させて座っていた。
「……あれ…………僕は……何を」
「覚えていないか？」
「……………………っ」
　段々と冴えてきた頭に敏明は思い出す。事故。病室。腕。診察室。宴会。公園。神社。海。潮。そして
「……柚木」
　敏明はすべてを一斉に思い出す。あの狂気に満ちた笑顔も。海の中の彼女の微笑みも。
「！　先生っ、柚木は……柚木は無事なんですか！」
　敏明は勢いだけで体を起こす。さっきとは比べものにならないくらいの痛みが敏明を襲う。あまりの痛さに敏明は気を失いそうになった。
「……っ！　だから起き上がるんじゃないっ。死にかけてたんだぞ君は！」
萩医師に支えられながら敏明はなんとかベッドに寝戻る。
「死にかけてた……」
「ああ、夢でもなんでもない。君と佐倉柚木は三県も離れた場所の海崖から飛び降りたんだ。不審に思って後をつけていた村の人の連絡が無かったら君は手遅れだったんだぞ……」
「君はって……。だから柚木はどうしたんだ！」
「佐倉柚木は死んだ」
　敏明はガツンと殴られたような気がした。
　一瞬にして静寂が訪れる。
「…………え」
「…………心中しようとした奴が疑問を呈するな……。君たちが飛び降りて数時間後、椎葉君だけが五十メートルほど離れた浅瀬の岩場に打ち上げられているのを見つけたそうだ。だが佐倉さんは行方が分からない。君の近くにはいなかったそうだ。悪天候が収まってから海上捜索も始めたらしいが…………見つかっていない。二日経った。恐らく、もう……」
　そうゆっくり言うと萩医師はコーヒーをぐいっと一杯喉に通した。苦味が強かったのか、話が苦しかったのか、萩医師は顔をしかめている。
「……そんな……柚木が…………」
　敏明は頭が真っ白になる。
　萩医師がその様子を見て立ち上がる。
「俺から、一言いいか」
　萩医師の一人称が変わったことにも気づかず敏明が虚ろな目で彼を見る。萩医師は一つ深呼吸し、そして力いっぱい握りしめた右こぶしで敏明の頭上の壁をひび割れんばかりに殴った。バゴッ！　と鈍く大きな音が生々しく部屋に響く。
「お前何バカなことしているっ！　ふざけんなクソガキ！　命を粗末にする奴の望みが叶うと思うなよ‼」
　これまでに見たことない彼の雷のような怒声は敏明の鼓膜を破るかと思われた。敏明はぽかんとした表情で萩医師を見る。
「……ふう。あー気が楽になった」
　そう言って萩医師は右肩をぐるぐる回す。右こぶしは少し皮膚が破れて血が出ていた。
「ぶっちゃけ自分の道なんか自分で決めていいって俺も分かってるさ。ただやっぱどうしても医者の性分なのかなあ、死んでいくっていうのは、許せんのよ……。八月、最初にお前たちが運ばれてきたとき、少し気分が悪かったよ。もしかしたら、こいつら自殺しようとしてたのかなって。まあ話しているとどうやらほんとに事故っただけのようだったから不問にしたけど。というかね、やっぱ困るんだよ。僕が預かっている入院患者が抜け出して自殺するなんて。だから上の人たちが必至で緊急搬送先の病院から君を引き取ったんだよ。あーあだから今からの会議でもまたすごい怒られるんだろうなあ」
　萩医師の変わっていた口調が段々普段通りに戻る。最後の方は冗談めかして苦笑気味に言う。
「とりあえず僕からは以上だね。あと……これは君次第なんだが、佐倉さんの遺書が見つかった。遺書というか、彼女のあのタブレットに書かれていたものだ。それをどうするかって話だね。ま、次また来た時にでも返事をくれ」
　そう言うと萩医師はカルテなど荷物を手に取って部屋を出ようとする。
「……っ先生！」
　敏明が振り絞って声を出す。萩医師が立ち止まって首だけ振り返って笑う。
「……僕が出て行くタイミングで呼び止める君の声にも慣れさえ覚えてしまったよ。……なんだい、椎葉くん」
「…………叱ってくれてありがとうございます……あの、手、大丈夫ですか？」
　萩医師はきょとんとしたあと、吹き出すように笑う。
「っく、何を言うかと思えば。礼には及ばないよ。大丈夫。僕は左利きだ」
　右手をひらひらさせながら萩医師は白いドアの向こうに消えていった。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


　三月の陽だまりが雪を溶かす。
　午前十時。病院の屋上で敏明は、雪の消えて浮き上がってきた町と、春の強い風に吹かれ散り散りに靡く薄い雲を見ていた。
　柚木の残した文章データを見ることなく敏明は看護師に削除を依頼した。読んだところで、彼女の全てを知りえないと思ったからである。いや、例え永遠が存在したとしても、その中で全てを知ることは、大切な人一人の全てを知ることは、叶わないのかもしれない。そう彼は思った。
　松葉杖を柵に立て掛け、敏明はハイライトの煙を吹かす。紫煙は空へ昇り雲に混じるようであった。タバコを吸い始めたのは萩医師への無意識の憧憬であるが、そのことを敏明は意識していない。
　突如、強い風が吹き抜ける。屋上に干されていたシーツが一斉にはためく。轟々と音を響かす。その瞬間、それだけで、敏明は自分の中に残る雑念や雑味全てが体のありとあらゆる毛穴から飛ばされていくかのように錯覚した。服も弛んだ包帯も髪も睫毛も一陣の風の中で吹かれ乱され、浄化される。まばゆい光が風とともに敏明の目に刺さる。敏明は網膜が焼けたのではないかと思った。
　風が止む。敏明がハッと気づくと、やはり変わらない町の風景が横たわっていた。
　それでも、彼の心が澄んでいる今であっても、彼には町は変わらず灰色にしか見えない。敏明は思う。

　人生は総じて、望むような、楽な、劇的な結末を迎えられないのだと。

　そんな当たり前のような、ありふれた一般人に与えられたよくある運命を彼自身知っていたつもりであったが、知っていることと受け入れることは違う。自分の未熟さを知った敏明は、悔しいと思うでもなく、恥ずかしいと思うでもなく、ただ、未熟な自分が経験した過去があったのだな、と思うだけであった。回想はしても猛省はしない。そんなのらりくらりとした男が、タバコの火を踏みにじり屋上をあとにする。
　ただ、そんな彼は今こそ、一般人になったのである。起伏のない感情。鉱物的な感性。
　崩壊の音色はもう彼にも聞こえない。


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		<dc:date>2017-01-31T11:35:03+09:00</dc:date>
		<dc:creator></dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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	<item rdf:about="https://ritspenprot.web.wox.cc/novel/entry4.html">
		<link>https://ritspenprot.web.wox.cc/novel/entry4.html</link>
		
				
		<title>響くは終焉 轟くは無　前編（1～2）</title>

		<description> 

【碑文】
　えーこのたび我が子を供…</description>
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			<![CDATA[ <body style="direction:rtl"> <div style="writing-mode:tb-rl; direction:ltr; line-height:150%; margin: 50px 2px 2px 20px; height: 80%; font-family: 'ＭＳ 明朝'">

【碑文】
　えーこのたび我が子を供養させて頂きます水前寺だんごです。この子は2016年の炬火に出すつもりでしたが親の至らなさによりあえなく亡き者となりました。一応最後まで書いたんですがあまりにも整わず、かと言えば熱量もそれほど持たず……。ずっと供養しようと思ってたんです。けど今さらリブロに載せるのもなんかアレだなと躊躇い、ずっと腐食し干からびていくのを隣で放置しているのみでした。今回落ち着いた場所を提供して頂けることとなり、やっとあの子も安心して眠れることでしょう。まあ結局死んでるんだけどね。生きてないんだけどね。死体閲覧注意で、それでも興味のあるちょっと変態気質な方々はどうぞ萎びたミイラをご覧になっていってください。それ以外の方々はどうか足早に去ることをお勧めします。時間をドブに捨ててはならない。













響くは終焉　轟くは無　(仮)

水前寺だんご　　



永遠を信じてしまえるというのなら、どんなに夢想盲目な人生なのでしょう
永遠を夢見ることも出来ないのなら、どんなに色彩の無い人生なのでしょう


１


　太陽がアスファルトを焦がす灼熱の季節。
　そんなとある日、変わらない暑さの中、気まぐれのように現れた夕立。轟々と降り敷ける雨。その雨は、機関銃の如く二人の体を撃ち濡らす。
　二人は、横になっていた。血を流して。道路に横になっていた。
　雨はやはり血を洗い流すのではなく、二人の体を貫きにかかるようで。
　山の草原はどこまでも見渡すことは出来るが、どこも霞みがかっていて。
　アスファルト道は行く末が、雨の中、跳ね上がる水しぶきで見えない。
　どれくらい経ったのか。いや、晴れ間を見せない、圧し掛かるような黒雲は時間を止める。やまない雨は秒を刻んでも分を得ないようであった。
　一人が、上半身を起こす。ふらふらと。残り僅かな力を腕に込めて。重力に抗いながら。雨の圧に逆らいながら。顔の右半分を鮮血に染めて。
「…………冗談……だろ…………」
　辛うじて絞り出した声は掠れ、血の混じった唾が口角から滲み零れる。黒髪は雨に濡れ静かに艶やかに映える。
　高さ六十センチ斜めの世界は今にも反転してしまいそうで。ぐらぐらと揺れる赤色に霞んだ視界に、雨の中火だるまのように燃え盛る鉄の塊。そのすぐ傍には天を貫かんばかりの巨大な火柱。そして、もう一人の――横たわった女の――その姿を捉えたところで、一人は――男は――また、意識が曖昧になる。泥沼に沈み込むように。ずぶずぶと。
　全てを粛正し洗い流す雨は、罪人の罪を咎める。
　男の影が黒い水たまりに溶けた。


２


　敏明が目を覚ましたときに目に入ってきた光景は白い天井だった。敏明は体に気怠さ以上の疲労感を感じた。瞬きでさえ、まぶた付近の筋肉を酷使しているかのように思われた。頭もすっきりしなかった。
「あら、起きた？」
　女の声がした。敏明の左隣から、聞きなれた女の声。落ち着いた声色だが、若さを感じる。
　敏明が声のする方へ寝たまま顔だけ向けると、白いカーテンを躍らす風に薄茶色い髪を揺らしながら、女がベッドの上で上体を起こして敏明を見ていた。
　すらっとした輪郭。内側から輝く白陶磁器のような肌。薄い唇。滴るような長い睫毛。光をも吸い込むような黒い瞳。
　女を見て敏明は呟く。
「……柚木」
　その声を出すのにいささか重みを感じた。
「……気分はどう？」
　優しく柚木は問いかける。
　その優しさは、ハッカをまぶしたホットミルクを彷彿させる。彼女の後ろの窓には夏の空が広がっている。彼女の温かな雰囲気に解されて敏明は思い出すようにぽつりぽつりと話し始めた。
「…………ああ、なんかね、夢を見ていたんだ…………。どこか遠くの山道でね……君と車でドライブしてたんだ……。夏の日かな、君が水色のワンピースを着ていたし。…………でね、突然夕立がやってきて、視界が悪くなって……それで…………」
　敏明は一旦口を噤んだ。言葉が出てこない。それは恐怖に因るものであった。
「…………それで……すごい衝撃があって……気づいたら道路に倒れてて…………君が少し離れたところで……血を流していて………………あれ？」
　敏明は一抹の疑問を抱いた。
　悪夢を思い出すだけにしては、胸の動悸がやけに激しい。
　風が止み、カーテンが凪ぐ。
そして、段々と、敏明は違和感を覚えていく。
　枕元に熊のぬいぐるみもなければシーツの色だって黄緑色ではない。天井との距離もいつもと僅かに違う。そもそも、ベッドは二つも無かった。よく見れば、柚木は上半身を起こしているのではない。ベッドは途中で曲がって背もたれとなるタイプのものだった。そんなベッドに見覚えは無い。敏明にはこんなに白に満ち溢れた空間は見覚えがなかった。ここはどこなのか。ここは、いつも敏明が柚木と二人でいる部屋ではない。
　何故知らない場所にいるのか。
　さっきから何故体が重いのか。頭が締め付けられるように痛いのか。
　――夢の話で何故こんなに――
「へぇ、そうなんだ。それは怖い夢を見たんだね、アキ」
　柚木の声が敏明の耳を犯す。呼ばれ慣れたアキという呼称さえも、不気味な響きを持って、敏明の首筋をぞわりとさせた。こんなに恐れる理由に心当たりはない。だがしかし、記憶が埋もれているだけのような微かな思い当たりを感じる。
　そして敏明は、違和感の正体、根源、そして現実を目の当たりにする。
「でもね、アキ」
　敏明にとって柚木の美しさはこの世の真理で。
「アキの見た夢ってね」
　だから、真理の崩壊の音色は残酷で。
「夢じゃないんだよ」
　そう呟く柚木の腕は、肘から先が無かった。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


　柚木は異様に短くなった腕を、振ってみせた。包帯に巻かれた肩から肘までの腕が揺れ動く様子は、テディベアが子どもに操られ手を振っているようであった。
　彼女の正常ならざる人の形をはっきりと認識出来た敏明は
「やっぱり、僕のせいなんだね。ごめん」
　するりと、喋った。驚きも恐怖も彼には無かった。これは、敏明がいち早く状況を理解して彼女への適切な対応をしたというわけではない。彼女の痛ましい現状を目の当たりにし、脳の処理能力が追いつかず、必要最低限の言語対応しか出来なかったのでである。
「心にもないこと言わなくていいよ。アキの謝罪癖、とりあえず場を整頓するために言ってるって知ってるから」
　敏明の無意識の癖を指摘する柚木。これまでの彼女なら思っていても口には出さなかった。
　真っ白な包帯の向こうに広がっているであろう、おぞましく深くえぐられた傷とその周りに噴き出している膿をようやく想像するに至ったとき、敏明は思わず吐き出しそうになった。
　突然白いドアが横に開き、ドアの向こうからメイクが目元だけ気合の入った三十歳前後くらいの看護師が入ってくる。
「あ！　椎葉さん、起きたんですね。良かったあ。すぐ先生を呼びますから」
　そうするとその看護師は、敏明のベッド近くの電話で手短に話を電話の向こうの相手に小さな声で伝えると、「少し待っててくださいね」と言ってすぐに部屋から出て行った。
　看護師が出ていくと、また敏明と柚木だけの部屋になった。テレビや冷蔵庫、クローゼットが一つずつあるという意味では二人過ごしたあの部屋と変わらない。ただやはり、二つに分かれたベッドと、何となしに伝わるお互いの心の距離が、相違を如実に表している。決して心の距離が遠くなったとは断定出来ない。近くなったのか遠くなったのか、敏明には分からなかった。その分からなさが、これまで体験したことの無い心の不安定感を誘っていた。もやもやとした思いが白に染まった部屋に張り付いていた。
　三分経った頃、先ほどの看護師に先行して、がっちりとした体格の白衣の男が白い部屋に入ってきた。ハリネズミのようにピンと立った頭髪。しかし顎先にうっすら無精髭が生えている。
「こんにちは、いい天気ですね」
　唐突にハスキーでダンディな声が白衣の男から敏明に向かって発される。
「？　……はあ」
「返事は出来るようですね……。ああ起き上がらなくて結構です。寝たままでいいですから……。ところで、自分の名前を言えますか？」
「……椎葉、敏明です」
「はい、大丈夫です……よしっと。ああ、紹介が遅れました、医師の萩と言います。よろしく」
　時折手元の紙にボールペンを走らせながら萩と名乗る医者は話す。
「萩……先生」
「そうです椎葉さん。…………では、あなたは今病院にいるわけなんですが、その経緯を覚えていますか？」
「……」
　敏明が黙って柚木を見遣る。彼女は、ただ静かに敏明と医者を見ていた。
　そこで、敏明は、さきほど柚木に話した「夢らしきこと」を萩医師に話した。「先生、でもこれが本当にあったことなのか、夢なのか分からないんです」敏明は付け加えた。
　聞き終えた萩医師はベッド脇の丸椅子に腰かける。そしてしばらく左手で眉間を解したあと、敏明を真っすぐに見つめ話し始めた。
「椎葉さん、聞いてください。まず、あなたの今話していたことは、現実です」
　敏明は全身の血液が急激に冷えていくのを感じた。
「あなたと佐倉柚木さんが乗っていた車は、ミラ660Xですね？」
「…………はい、白の……中古で買った、やつです」
「それで、岱明山の農道、俗にグリーンガーデンと呼ばれる道を走っていましたね？」
　岱明山農道。横になだらかな岱明山の山腹に広がる平野。そこに、どこまでも広がるかのような美しい草原とどこまでも伸びるかのような滑らかな一本の道路、そして一本のギンヨウアカシアの木がある。この広大で美しい自然の様子を称してグリーンガーデンと俗名がついた。このギンヨウアカシアは六メートルを優に超す大木である。何故日本の草原にアカシアが生えているのか発祥は不明であるが、その謎めきを以てドライブ目当ての人たちに隠れエリアのように見なされている。
「……はい」
「分かりました………………率直に言うと、八月二十日の夕方頃、あなたたちの乗った車は突然来た豪雨による視界不良のせいか、あるいはタイヤがスリップしたのか、あの木に正面衝突してしまったのです」
　そう言うと萩医師は、一枚のプリントアウトされた写真を、横たわる敏明の目前に晒してきた。そこには、黒炭と化しつつある大木と、それにぶち当たりフロントのひしゃげた車が僅かにシートから炎を灯す様子がモノクロで写されていた。
「……これ……は」
「あなたたちを最初に発見した人が事故数時間後に撮影したものです。正直言って、車外に二人とも放り出されたのが不幸中の幸いですよ」
　そして萩医師は柚木の方に向き返って言う。
「佐倉さんの両腕に関しては負傷がひどく、発見時すでに事故後数時間が経って壊死しかかっていたので、やむを得ず、切断の処置を施しました」
　さらりと現実が言葉となって敏明と柚木に認識を強制する。いや、この萩医師、患者に最もダメージの長引かない宣告をやってのけたのだ。夥しい経験の中で、萩医師が見つけた対処術である。
　柚木は、作ったような笑顔で萩医師に話す。
「いえ、命を繋ぎ留めていただきありがとうございました。それに、椎葉が起きる前に一度聞きましたし」
「え……そういえば、先生、今日っていつなんですか？　僕は事故後どれくらい寝ていたんですか？」
　一拍置いて、萩医師が話す。
「八月二十四日です。そのお昼過ぎ。佐倉さんは二日前の夜中に意識が戻ったんですけどね。あなたは大きな外傷や内傷は見当たらなかったのに意識だけ戻らなくて、最悪植物状態を覚悟しましたが……。そうそう、それを鑑みて、このあと落ち着いたら精密検査を受けてもらいます」
　そう言うと萩医師は立ち上がり、白い部屋から出て行こうとする。
「は、萩先生！」
　敏明が少し声を張って彼を呼び止める。
「なんですか？」
「…………柚木の……佐倉柚木の……手は……どうしてもダメだったのですか」
　頭の鈍痛を感じながら敏明はそれでも尋ねる。萩医師は敏明に背を向けて語る。
「……残念ながら、手と命、医師である私は繋ぎ留めるものを間違ってはいけないのです。……もう一方を犠牲にしてでも」
　振り返らず彼は出て行った。あとに看護師も続く。
　また二人きりの白い部屋になる。
「なんで、先生に腕のこと言ったの」
　柚木が呟くように尋ねる。
「…………受け入れ難くて……」
「…………アタシもよ」
　続く沈黙さえ、白く。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


　いくつかの検査を終えた数日間で、二人はここがグリーンガーデンのある県外の病院であること、二人を発見してくれた人もまた県外の人で再連絡が通じないこと（誤った携帯番号を救急に伝えてしまったようだ）、二人のそれぞれの緊急連絡先に繋がらないことなどを知った。
　敏明は吐息のような溜息をつく。柚木の両親は彼女が幼い頃続けざまに亡くなっている。敏明の両親もまた、敏明が小学生のとき父親が癌に伏し、残された母親も敏明が大学に合格した春にこれまでの疲労から解放されたかのように安らかに永眠についた。大学入学後、敏明の灰色になった世界の中、柚木だけが、自分と同じく灰色を超えた陰りのある藍色に鈍く輝いて見えた。それは彼女も同じだったのだろう。自分と同じ苦しみを背負って生きている気がした。同じ学部の同じ授業で、どちらともなく話し始め、食事に誘い、公園で語らい、そしてついに夜を明かして人には言い辛い身の上話を告白しあった。そして当然だったかのように、二人は結ばれていた。
「いいのよ」
　不意に柚木が呟く。
彼女は、敏明の表情から彼が今何を考えていたのか把握していた。
「今さら気にしないわ。だってアタシも今限りなくお母さんたちに近づいているもの」
「……悲観的になるなよ」
「事実よ」
「………………ごめん」
「だから謝らないでってば」
「それでも！　……やっぱり僕のせいで……」
　事故があって数日、敏明を襲い始めたのは猛烈な罪悪感だった。最初は自分の不幸を呪いもした。なぜ自分たちが……と。しかし、戻らない過去、柚木の失われた両腕。この責任はどこにも押し付けられない。紛うことなく自分の責任であると。敏明は感じたのであった。
「…………」
柚木は黙ってカーテンの隙間の青空を見ている。敏明には彼女の表情が見えない。
「……怒ってくれよ。怒鳴ってくれよ。泣きわめいてくれよ……。じゃないと僕は……」
　柚木が感情的にもなれば、敏明は許されたのだろう。ただその怒りを受け入れれば罪を贖った気になるのだから。その嘆きに寄り添えば同じ気持ちを共有した優しさを持ち得た気になるのだから。
「その優しさってさ」
　柚木が外を眺めたまま言う。外には崩れた入道雲のようなものが潰れ浮かんでいる。
「相手を思いやる優しさってさ、結局、怖がってるんだよね。相手をさ。気を遣ってさ、顔色伺ってさ。それに気づいた相手の方はうんざりだよ。なんかね」
「……！」
　数年連れ添った敏明でさえ、時折柚木の敏明に対する洞察眼に畏怖を覚える。しかし今までの彼女と違って、歯に衣着せない言動が増えてきた。両親の他界を告白しあった敏明ではあるが、そんな彼を以てしても彼女の知らない一面を知った驚きに戸惑っていた。
　懇願と驚きの入り混じった表情の敏明に、柚木が思い出したかのように、ぽつり話しかける。
「そういえばさ、出来なくなっちゃったね」
「…………？」
「…………アタシがアキに家事も自炊も負けてさ……」

付き合い始めてすぐ敏明は下宿部屋を出て、柚木の住む部屋へ越し、寝食をともにした。一人暮らしが長かった柚木の方はカップ麺やスーパーの惣菜に手を出すことが多かったためか、彼女の自炊はお世辞にも上手いとは言えなかった。それより独り身の母を手伝ってきた敏明の方が自炊の味や食事経費のやりくりも数枚上手だった。家事洗濯も同様であった。柚木はそのことに恥じらい隠しに拗ねて敏明に言った。「せ、せめて散髪くらいしてあげるわよ！　一人でじゃ髪は切れないでしょ？」実際敏明は、高校生の頃から節約の意も込めて自分で鏡を見ながら散髪していたのだが、涙目で訴える彼女を見るとどうしても断れなかった。そしてその後、時々彼の髪型は不格好なものとなった。高校生の頃の方が明らかに良かった。それでも、この不格好さが、敏明の幸せそのものだった。

　全てを思い出した敏明に柚木は続ける。
「もう、出来ないんだね。アキの散髪」
　雷に打たれたような衝撃が敏明に走る。
「この手じゃ、ハサミも持てないからね…………。何も、何もできないから。アタシ」
　哀愁帯びた女の声に、地響く男のすすり泣きが交差した。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


　外傷の治癒経過の診察を終え、敏明は脱いでいた患者服を看護師に羽織ってもらう。萩医師はカルテを眺めデスクに置いていたコーヒーを一杯啜った。
「……冷めてないですか、ソレ」
「コーヒーかい？　別に熱くなくていいんだ。火傷の心配もないし」
　猫舌なのかと尋ねて他愛無い会話を続けようかと迷っていたところで、萩医師の方から話題を変えてきた。
「椎葉さんの傷は回復してきています。順調と言っていいでしょう。外傷に関しては奇跡的と言えるくらい、深刻な負傷が無かったですからね。ただやはりそのぶん見えない傷が心配です。脳や神経の傷は、一見回復しきったあとに出てくることもありますから」
　テキパキと敬語に切り替えて話す萩医師。こうしたところに彼の医者としての真摯さが垣間見える。
「……そう、ですか」
「とは言っても心配はないだろう。たぶん僕の見立ては、今年の重傷者の中で最速退院を記録すると思うよ」
　しかしこうしてフランクに話すようになったのも、一重に敏明が先生との距離を縮めようと奮闘したからだ。とある先日、リハビリを始めた頃合いの敏明が、屋上で一服する萩医師を見つけ出し「一本一緒にいいですか」と言ってきたときには萩医師も驚いてタバコを口から零した。そんな敏明の目的は、たった一つに他ならない。
　押し黙って俯く敏明を見やり、カルテで扇ぎながら萩医師は言う。
「君が聞きたいのは、いつだって佐倉さんのことなんだろうね」
　ぴくりと敏明の肩が動く。分かりやすい反応に半ば感心しながら、萩医師は続ける。
「正直、辛い話だ。こんなに若いのに、手を切断だなんて。いや、私が神経縫合と移植技術に精通していれば……」
「ブラックジャック先生じゃないですか、ソレ」
「…………君も言うようになったな」
「元々こんな性分ですよ」
「嘘つけ。そのジョークセンスは初心者だ」
　そんなぬるい会話の絆創膏で心の傷を包んでおく。そうでもしないと、ズキズキと鈍い痛みに耐えられそうになかった。敏明も、そして萩医師でさも。看護師はとうの昔に診察室を出てどこかへ行った。
　どちらともなく薄く短く笑ったあと、萩医師が申告する。
「腕以外の他の外傷もなかなか重い。言っては何だが、搬送されてきたときは絶望的だと思ったよ。それでも君よりも早く意識が戻って、ありのままを伝えても、発狂も号泣もせず、少し悲しそうな顔をするだけだったのは正直びっくりしたよ。今の医療科学の域にない、精神論。こうも簡単に目にすると、なんか悔しくもあるけどね」
　あれから十日か、と萩医師が呟く。
「柚木は治ると思いますか」
「分からない。あのひどい外傷以上に、彼女の内面が見えてこないことの方が今後を左右してくるんじゃないのかと僕は思っている」
「内面、ですか」
「そう。君は最近彼女とどんな話をした？　どんなことに気づいた？」
「は、話ですか？」
　敏明が言葉に詰まる。萩医師は顎鬚を弄りながら返答を待つ。
「そうですね、実を言うと、会話らしい会話を出来た気がしないんです。最初僕がずっと謝り続けてたから、会話にならないんだ、って思って、極力今まで通りの会話をしようとし始めたんです。だけど、彼女の返す言葉も絶え絶えですし、やっぱりどこか噛み合ってないように感じるんです」
「なるほど、他には？」
「他には……気づいたこととかですか？　まあ、最近柚木は専ら何か書いてますね」
　書いているというのは、両腕を無くした彼女の要望で、看護師がタブレットと義手型タッチペンを用意したのである。左腕は切断術後の今でも問題なく動かせるということで、特別に許可が下りた。普段患者服に隠れて見えていない、包帯の巻かれて短くなった彼女の腕に機器が取り付けられている光景に、敏明は未だ慣れずにいた。彼女への愛を時折上回るほどに、その人間の不自然さに対して生理的な嫌悪感を無意識のうちに抱いていた。
「ふーむ。何を書いているか聞かなかったのかい？」
　背もたれ椅子の向きを反対に変えて座り、胸板を背もたれに圧して、お行儀がいいとはいえない姿勢で萩医師は尋ねる。
「聞いたことはあります。ただ教えてくれないんです。日記なのか、友達にメールなのかも分からなくて」
「なるほどなるほど。……別れそう？」
「それはないです」
　二人が付き合っていることを察している萩医師の軽口を他所に、敏明は静かではあるがハリのある声で否定した。
「食い気味だなあ……ま、それでいいんだ」
　マグカップの残りのコーヒーを一気に飲み干して萩医師は言う。
「いやいいと決まったわけじゃないけど。こうして君が佐倉さんに関わり続けるっていうのが君や彼女のプラスになるんだよ。きっと。例え彼女に何を言われようともね」
　敏明の脳内で先日の柚木の言葉が、先生の言葉で薄く和らいでいく。
「ああだから君の入院も伸ばしておくことにするよ」
「えっ」
「大丈夫大丈夫。どうやら君の加入保険金だと入院している限り資金は心配なさそうだし、やっぱり二人でいた方がいいでしょ。早めに大家さんに連絡しておくといいよ」
　なるほどと敏明は思った。自分だけ先に退院したところで柚木のいない生活は耐えられず気が滅入って衰弱することが容易に想像できた。
「さてと、今回の診察はおしまいだ。次は……ってまずい！　オペもうすぐじゃん！　ああ椎葉くん！　電気消して、ドアも鍵しなくていいからあとは任せたよ！」
　萩医師はそう言うと慌ただしく準備もそこそこに出て行こうとする。その彼に敏明が声をかける。
「先生！」
「ん！　なんだい」
「先生は…………奥さんがいらっしゃいますか」
「…………別れたよ。短い結婚生活だった。……子どもが生まれなかったのが皮肉にも幸いだったのかな」
　口早に言って、次こそ萩医師は飛び出して行った。
　敏明も、松葉杖を携え診察室を出た。


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　季節は十一月。暑さも完全に引き、しっとりとした涼しい風が黄色く輝くイチョウの葉を撫でる。イチョウの木の下だけ幹を取り囲むように黄色い円の絨毯が厚みをもって描かれていた。
「気持ちいいね」
　敏明が呟く。
「うん、気持ちいいね」
　柚木も穏やかに返事する。
　とある日の昼過ぎ。敏明と柚木は病院の近くの大きな公園にいた。休日などには家族連れがシートとお弁当箱を開いてピクニックをしたり、また時折ステージを設置して催し物が行われたりするほどには大きな公園である。二人は遊歩道沿いのベンチに座り、目前に広がる緑の広場を見つめていた。広場では子供たちがサッカーボールを蹴ったり鬼ごっこをしたりしてきゃっきゃと遊んでいる。それをシートに座ったお母さんたちが見守りながら歓談に華を咲かせていた。
「微笑ましいな」
　敏明が眺めながら言う。
「そうだね」
　柚木も微笑みながら言った。今日の彼女は調子がいいように敏明には見えた。
「柚木は、小さい頃どんなことして遊んでたんだ？」
「どうしたの、急に」
「いや、僕たち出会ってからさ、意外とそんなことは話したこと無かったなあって」
「そうだっけ？　……まあ普通の女の子らしく過ごしたかな」
　広場の子どもたちを見ながら柚木は続ける。
「両親が亡くなって、施設に預けられて。そこで自分と同じような運命の子どもたちと出会って。一緒にままごとしたり、ちょっと大きくなったらみんなで外で鬼ごっこしたり、虫取りしたり。それでもうちょっと大きくなると、部屋で本を読んだり、父母さんのお手伝いをしたりしたなあ」
　柚木の言う父母さんとは、児童養護施設の職員のことである。柚木の暮らしていた施設の職員は、柚木たち子どもを我が子のように愛し育てた。小さな施設でお金も無かったが、そこにいる人はみんな幸せだった。
「へえ、お手伝いかあ。柚木からは想像出来ないや」
「ちょっと、それどういう意味？」
　ぷくぅと柚木が頬を膨らます。
「いや、あの自炊が下手な柚木からは想像がつかないなってことで」
「……だって手伝ってたのは洗濯とか掃除とか、あと小さい子たちの面倒見だったもん」
「はいはい」
　あやすように返事をしつつ、敏明は充足感に包まれていた。軽口をついても大丈夫そうな柚木を見て安心していた。自分がしっかりと、彼女を支えているような気がした。
「アキ、横になって」
　柚木が唐突に切り出す。
「え？」
「アタシの膝に頭置いて」
「いや、これでも僕、松葉杖使ってる身なんだけどなあ」
「いいからいいから。ほらっ早く」
　しぶしぶ敏明は左足の怪我に響かないよう慎重に体を動かしていく。そして、柚木の太ももに頭を置いた。カサカサした患者服の下に確かなぬくもりと柔らかさを感じた。秋風に敏明の髪が揺れる。
「…………で」
「んー？」
「いや、これから何が始まるのかなと」
「何もないよ？　ただアタシが膝枕してあげたかっただけ」
「……え？　何それ」
「それだけの話。ほんとは敏明の頭を撫でてあげたりしたいんだけどね」
　そう言いながら、欠けてしまった短い両腕を振ってみせる。患者服の長袖が不自然に踊る。
その一言で、敏明は一瞬で心臓が締め付けられる。
「…………ほんとに、ごめん」
　目を瞑って敏明は謝る。
「いやいや謝るところじゃないし。むしろ感謝だよ、アキ」
　敏明が見上げると、柚木の細く綺麗な下顎が見えた。柚木は広場の方を見ながら続ける。
「人ってさ、無くしてからじゃないと本当に大切なものに気づけないんだよ。アタシが気付いたのは、手が無いと人に想いを伝え辛いこと。ジェスチャーとか手遊びなしの会話って、まだすごい違和感を覚えるんだ。それだけ、手にいろんな想いが乗っていたんだって実感したよ」
　それにさ、と言いながら柚木は敏明の顔を見る。およその距離二十センチメートル。敏明は彼女の左頬に貼られた医療ガーゼよりも白くシミ一つない肌を綺麗だと思った。
「敏明も無くして気づいたんじゃない？　カノジョの一部位がこの世から消えて、手が無くなって。カノジョの大切さに」
　ニコッと小さく笑う柚木。敏明は心拍数が上がるのを感じた。だが、妙にそれが嬉しさと気恥ずかしさだけではないこともすぐに分かってしまった。僅かながらに生まれた、恐怖心。それを振り払うかのように敏明は体を起こし柚木の太ももから離れた。
　ベンチに座りなおした敏明の肌着は汗に濡れ、秋の涼風がそれを隙間から乾かしていた。
「全く……ほんとにどうしたの突然。君らしくもない」
　実際、これまで柚木から敏明をときめかせるような発言をわざとすることは無かった。
「…………君らしくない、か……。まあ確かに、自分からこんなにいったことは無かったかもしれないけど……でも……」
「え……」
　柚木は真顔で黙り込む。敏明には少し困った表情にも見えた。
　それから敏明が気を利かせて話題を変えても、柚木は反応しなかった。
　やがて時間が来て、予定通り看護師が車椅子を押しながらやって来た。そして柚木を乗せると、病院の方へ遊歩道を通って向かっていく。
　敏明も松葉杖を脇に挟んで立ち上がる。
　イチョウの葉がひらひらと二人の背後で盛大に舞い落ちていった。

　　<a href="https://ritspenprot.web.wox.cc/novel/cate3-2.html">続く</a>

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		<dc:date>2017-01-31T11:08:58+09:00</dc:date>
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		<link>https://ritspenprot.web.wox.cc/novel/entry3.html</link>
		
				
		<title>prot/far east nighrbird</title>

		<description>人物
・鶏男（仮）(ＣＶ：？)

・助手…</description>
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			<![CDATA[ 人物
・鶏男（仮）(ＣＶ：？)

・助手（仮）（ＣＶ：水瀬いのり）

・柳田千秋（ＣＶ：佐倉綾音）

・黒百合の魔女（仮）（ＣＶ：種田理沙）

・刑事（仮）（ＣＶ：花森みゆり）

・狼（仮）（ＣＶ：小澤亜李）

・赤ずきん（仮）（ＣＶ：長縄まりあ）

・死神（仮）（ＣＶ：Ｍ・Ａ・Ｏ）

・三島由紀子（仮）（ＣＶ：高橋李依）

・アルバトロス（仮）（ＣＶ：島崎信長）

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		<title>unbelievers ：nightbird of nyx#00.1</title>

		<description>子供の頃、灯台を観るのが好きだった。
…</description>
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			<![CDATA[ 子供の頃、灯台を観るのが好きだった。

もっとも、町が灯台と呼んでいたそれは、一般にそう呼ばれるそれと比べても、あまりに粗末なものだった。木造で、電球一個で、高さは８メートルにも満たない。 ]]>
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		<title>ろここ</title>

		<description> 
ろここ

　私はその女(ひと)のことを…</description>
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			<![CDATA[ <body style="direction:rtl"> <div style="writing-mode:tb-rl; direction:ltr; line-height:150%; margin: 50px 2px 2px 20px; height: 80%; font-family: 'ＭＳ 明朝'">
ろここ

　私はその女(ひと)のことを先輩と呼んでいる。
　別段深いわけがあるんじゃない。私がこの学園に高等部一年として入学した時、先輩は私の二つ上、つまり高等部三年だった、というただそれだけである。でもまあ、納得いただけることかと思う。
　私が先輩を初めて見かけたのは夏の盛り、学園内の娯楽用プールでのことだった。その日は夏季休暇中の登校日で、私は学園に入って新たにできた友人たちと退屈な話を聞き終えて（そして私は委員会のガイダンスを聞き終えて）まだ不慣れな学園内を遊山がてらその辺まで歩いてきていたのだった。その中途、先に先輩をそれと認めたのは私の友人であった。
「あれ。ほら、あの方」
　友人はそうとだけ言うと、プールサイドに並ぶ幾つかのパラソル付きテーブルのうち、一つを指さした。明日から始まる委員会の仕事に辟易としながら歩いていた私は、始め先輩の存在に気が付かなかった。そこにはビンディを付けたネグロイド風の女性と、長髪の女性がいた。先輩たち（というのも、彼女らの制服のリボンは高等部三年の碧だったのである）は談笑するでもなく、静かにそこで思索するでもなく、しかしそうとしか見えないふうに暇をつぶしているようであった。先輩の綺麗な長い茶髪は流れるがまま、序に時間も流れるがまま、といった有様であった。テーブルにはティーカップが置いてあったが、その中身も疾うに冷え切っているに相違なかった。
「あれが噂の千澤先輩よ」
　友人はやや声を潜めて言った。あの先輩は噂になっているのか。状況を呑み込めない私はそのまま鸚鵡返しに聞き返した。
「噂の……？」
「そう、噂の千澤先輩。まあ、あなたそういうのは話半分だもんね」
　皮肉を混ぜず、もう一人の友人が言った。
「部活の先輩に聞いたんだけど、一昨年、退学騒ぎがあったらしくてね」
「退学？」
　またしても鸚鵡だ。
「うん、退学。ここ、私学じゃない？　それでそういう話は珍しいから、ずいぶん騒いだらしいのよね」
「てことはその渦中だった人か」
「その通り。でも、学校側から何の情報もないらしくてね。だからよくわかんなくて」
「ふうん。不思議なもんだね」
　そう言ってプールサイドを抜けようとすると、噂話の種にされたことを察したのか、こちらを向いた先輩と目が合った。先輩の静かな目は、私を見ているような気がした。明日からは委員会の仕事でまた学校に来なきゃいけない。そんなら、ついでにタイミングを見計らって、プールサイドでも訪れてみようかと思った。先輩の目が気になって、その日は先輩と、退学のことを少し考えて寝た。

　あくる日、私は再び学校に居た。今日は係の仕事があるための登校であり、友人たちは私の周りには居なかった。その日の仕事を終えた私は、再び例のプールサイドに通りかかった。すると昨日と同じく、先輩は独りでそこにいた。今日は先輩は別の女性といるようであった。


　今度は、先輩は独りでプールサイドにいた。
「貴女、こないだ私の話をしていたでしょう」
　私は動けなかった。先輩の気の抜けたような目から、目が離せない。
「私のこと、気になるの」
「その辺にしておいてあげてください」
「ああ、静。そうだね、私の性に合わない」
「貴女はそのくらいでもよいと思うのですが」

――ん？
先輩、何故ここにいるの。
そのとき、私は丁度学校での仕事を終えて校外に出る所であった。私は、確かに見たのだ。校門を過ぎ去る先輩の姿を。先輩はいつものように飄々としていた。だが、一つだけ違っていることには、先輩の髪はやや高い位置で一つに束ねられていた。そのまま先輩は校門を出て西へ、すたすたと進んで行く。先日聞いた先輩の家は、そちらとは逆方向の筈だ。常よりやや速足なこともあり、不躾ながら私は先輩を尾けることにした。
先輩は迷いなく進んだ。そのまま木野町通りを下ってゆく。一房を揺らし揺らし進む先輩が新鮮で、私はあまり他の事にまで気が回らなかった。
「なぜ、ここにいるのですか」
「千澤、どちら様だ」
「あー、私の後輩にあたる奴でな。最近一寸駄弁る仲なんだ」

　寒い時に一人でいるっていうのは、なかなかに辛いものがありますから。
　寒さっていうのは、横に誰かが居てこそ役に立つものですよ。

　それから、先輩とは何度か会った。いや、会ったとは言えない。ただ、見かけただけだ。委員会の帰り、プールサイドで微睡む、或いは呆けている、そんな先輩の姿を。見かけたからなんだと言うのだ。夏休みだというのに、余計な時間はただ私に持て余されるばかりで。先輩のことを考えていただけとしか言い様の無い時間を、私は過ごしていた。
　煩悶とし、判然としない日々。しかしそれは、唐突に打ち破られた。
　そうして積み重なっていた日々の一番上。何の因果か、夏の盛りの中でもその日は一際風の強い日であった。そして、これまた何の因果か、先輩は一枚のハンカチを机に広げていた。そう、そのハンカチである。それが飛び上がった時、近くには私だけ。それだけの理由で、普段なら躊躇っていたかもしれなかったものを、何の躊躇もなくつらまえた。加えてその風は、うつらうつらとしていた先輩を覚醒させ、髪を纏める仕草へと導き、視線を私へと向けさせることまでした。
　先輩が、私を見ている。起床直後の澄んだ目で、私を見ている。何時もは色々な人々を通過させてゐる両の眼は、私を捉えてゐる。何故か、私は緊張して居た。
「それ」
先輩は私に声をかけた。あまりの緊張に、私は身動き一つ出来なかった。
「取って呉れて、有難う。此方まで、持って来て呉れる？」
極々丁寧だ。現金なもので、優しく諭された私の躰は時を取り戻し、やうやう先輩の方へと動き始めた。先輩はやはり、何と言うか綺麗な女であった。
 <br>
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